大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)5192号 判決

宇都宮市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

三木俊博

東京都中央区〈以下省略〉

被告

ニットー貿易株式会社

大阪市〈以下省略〉

右特別代理人

主文

一  被告は原告に対し金一三二〇万円及び内金一二〇〇万円に対する昭和五八年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金一三八〇万円及び内金一二〇〇万円に対する昭和五八年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、商品先物取引等投機的取引には全く経験のない主婦である。

訴外株式会社日本貴金属(以下、訴外会社という。)は、香港金銀業貿易場における金地金取引の受託を業とする旨称している会社であり、被告は、海外商品取引所に上場された金、銀、プラチナ等の商品の現物及び先物取引の国内における受託業務を業とする旨登記されている会社である。

2  原告と訴外会社との取引の経過

(一) 原告は、昭和五八年三月七日、訴外会社から電話で金の取引を勧誘され、翌三月八日午前一〇時ころ、訴外会社の従業員と称するBの訪問を受けた。Bは原告に対し、「金地金の値段は今が底値で、これから上がる一方である。一ユニットの金地金が一〇〇万円であり、買って値上がりを待てばすぐに一八〇万円になって戻ってくる。必ず利益がでる。」「私が責任を持ちます。二人三脚でいきましょう。」等と述べて強引に勧誘したので、原告は一口(三ユニット)注文することにした。そして、原告はBの差出す書類に署名押印したが、Bは、原告に右書類の内容や取引の仕組の説明をしないのみならず、原告が右書類の内容を読むことも制止したので、原告は取引内容をほとんど理解することができなかった。

(二) 翌三月九日、原告は訴外会社宇都宮支店に出向き、代金三〇〇万円を交付したところ、支店長のCは原告に対し、「香港純金塊取引はわずか一四日間の短期日であり、一五〇円値上がりしたら必ず決済するので決して損はしない。」「銀行や郵便局の預貯金など問題にならない程有利です。もう一口どうですか。」と勧誘したので、原告はさらに三ユニット追加注文した。

(三) 翌三月一〇日、原告は追加注文分の代金三〇〇万円をCに交付したところ、同人は、「今日も四ドル上がっています。ユニット数を多くして利幅を小さくとって短期間で売買するのが頭のよいやり方です。」と説明して勧誘したので、原告はこれを信用して、さらに三ユニット追加注文し、翌日、代金三〇〇万円を交付した。

(四) 翌三月一二日、Bが原告方を訪れ、原告に対し、「銀行から借りても利子は三万円位だから、すぐそっくり返せるので得です。」とさかんに勧誘したので、原告は、またもや三ユニット注文し、同月一四日、その代金三〇〇万円を訴外会社に交付した。

(五) 原告は、訴外会社が三か月の営業停止になったと聞いたので、同年四月一九日、売却注文したところ、訴外会社から金九〇五万〇七一九円の利益が出たとの通知を受けたが、同社は全くこれを支払おうとしない。

3  被告の責任

(一) 訴外会社の原告に対する右行為は次のとおり不法行為に該当する。

(1) 訴外会社の「香港純金塊取引」は、香港金銀業貿易場における売買取引とは何の関連もない欺罔的で不公正な取引である。すなわち、訴外会社は、右貿易場が公表する値段を借用し、現実に貿易場で顧客の注文を執行することがないのに、取引した旨虚偽の形式をつくっているにすぎず、訴外会社が一ユニット一〇〇万円の金額を顧客から受取るのは、同貿易場で定められた取引方法ではなく、訴外会社が勝手に定めたものであり、また、訴外会社が右取引で使用する「香港純金塊取引顧客承諾書」なる約款は、顧客がすべてを訴外会社に委ねることを内容とし、顧客の権利を定めた条項は全くなく、著しく不公正なものである。

(2) 本件取引の実態は先物取引ないしはそれに類似するものであるが、訴外会社は原告に対し、右取引の仕組、すなわち、少額の保証金で大量の金塊の取引がなされ、追加保証金が必要となる場合があること、相場変動により多額の損失をこうむる危険性があることなどを説明せず、安全確実に利益が出る旨虚偽の事実を告げている。

(二) 訴外会社は昭和五八年三月二三日に海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律に基づく通商産業省の立入検査を受け、三か月の営業停止処分を受けた。そこで、関東方面で訴外会社が行っていた営業を引続いて行うために被告が設立され、被告は、訴外会社の人的物的設備及び資産を用いて同様の営業活動を行っている。

右のとおり、訴外会社と被告とは形式上は法人格を異にするが、実質上は同一であり、したがって、被告は訴外会社と別人格であることを主張しえず、訴外会社と連帯して責任を負わねばならない。

4  損害

(一) 原告は訴外会社に対し、前記2記載のとおり代金名下に合計金一二〇〇万円を交付し、同額の損害を被った。

(二) 原告は原告訴訟代理人に本件訴訟を委任し、弁護士費用金一八〇万円の損害を被った。

5  よって原告は被告に対し、右損害金一三八〇万円及びうち弁護士費用を除いた金一二〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年八月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、被告が海外商品取引所に上場された金、銀、プラチナ等の商品の現物及び先物取引の国内における受託業務を業とする旨登記されている会社であることは認め、その余は不知。

2  同2は不知。

3  同3は否認する。

4  同4は不知。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  成立に争いのない甲第一ないし第一三号証、第一九号証、第二六号証の二、第二七号証の一、二、本件記録中の訴外会社の登記簿謄本及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  訴外会社は、海外商品取引所に上場された金、銀、プラチナ等の商品の現物及び先物取引の国内における受託業務等を目的とする会社であり、昭和五八年当時、香港金銀業貿易場会員である香港宝発金号の特約店として、「香港純金塊取引」と称する金取引を行っていた。

2  原告は、商品取引をした経験の全くない家庭の主婦であったが、昭和五八年三月七日、訴外会社の女性従業員から電話で、「金に興味はありませんか。少しの時間ですから話だけでも聞いて下さい。」と勧誘され、翌三月八日、訴外会社の従業員のBの訪問を受けた。Bは原告に対し、小さな金塊を手に持たせながら、「金の値段は今が底値で、これから上る一方である。一ユニットの金が一〇〇万円で、買って値上がりを待てばすぐに一八〇万円になる。必ず利益が出る。一口(三ユニット)でもどうか。」「今は不安な気持でしょうが、私が責任を持ちます。」等と述べてしつように金取引を勧誘したので、原告は一口の買注文をし、Bが差出す書類を読もうとしたが、同人から「大丈夫ですよ。悪いことは書いてありません。」といわれ、読むことを制止されたので、その内容も読まずにBの差出す「香港純金塊取引顧客承諾書」「香港純金塊取引同意書」「香港純金塊取引システムについて」「注文書」と題する各書面に署名押印した。右各書面中には、一ユニットが金三・七四三キログラムに相当することの記載があり、したがって、一ユニットの金取引が当時の時価であった約一〇〇〇万円の金の売買取引になるわけであるが、原告はBから右取引の内容及び仕組についての具体的な説明を一切受けておらず、右のとおり右各書面の内容も読んでいなかったから、取引内容をほとんど理解できず、原告の交付する金額に相当する金を訴外会社から買受けるものという程度に考えていた。

3  翌三月九日、原告は、原告宅まで迎えに来た訴外会社の自動車に同乗して訴外会社宇都宮支店に出向いたところ、支店長のCが原告に対し、「香港純金塊取引はわずか一四日の短期日であり、一五〇円値上りしたら必ず決済するので決して損はしない。」と述べたので、原告は納得して代金三〇〇万円を交付したところ、Cは、「銀行や郵便局の預貯金など問題にならない程有利で、今日も値上りしている。もう一口どうですか。」と勧誘したので、原告はさらに三ユニットの買注文をした。

4  翌三月一〇日、原告は追加注文分の代金三〇〇万円を訴外会社宇都宮支店に持参してCに交付したところ、同人は、「今日も四ドル上がっています。もっと買増ししませんか。ユニット数を多くして利幅を小さくとって短期間で売買するのが頭のよいやり方です。」と述べて勧誘したので、原告はさらに三ユニットの買注文をし、翌三月一一日にその代金三〇〇万円をCに交付した。

5  翌三月一二日、前記Bが原告宅を訪問し、原告に五ユニットの買注文を勧誘し、「銀行から借りても利子は三万円位だから、すぐそっくり返せるので得です。」と述べるので、原告は、またもや三ユニット注文し、同月一四日にそのその代金三〇〇万円を訴外会社に交付した。

6  原告は、テレビニュース等で、訴外会社が三か月の営業停止処分を受けたと知ったので、同年四月一九日、訴外会社に原告の買受分の売注文を依頼したところ、訴外会社から金九〇五万〇七一九円の利益が出たとの通知を受けたが、同社は支払猶予を求め、同年七月二三日付で、原告が同社に交付した金一二〇〇万円については昭和五九年五月から昭和六一年七月まで毎月分割して支払い、利益金についてはその後に支払う旨の支払確約書を原告に送付した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  ところで、訴外会社の行っている「香港純金塊取引」の態様は本件全証拠によるも明らかでないが、前出甲第三号証によれば、訴外会社作成の「香港純金塊取引システム」と題する書面には、「現地保管売買のオーバーナイト(持ち越し)取引」の場合には先物取引類似の決済方法をとる旨記載されていることが認められ、前出甲第一号証によれば、顧客との間で取り交わされる「香港純金塊取引顧客承諾書」には先物取引における委託保証金と同様の機能を有すると認められる「最低受渡代金」の支払義務を顧客に負わせる条項があることが認められ、これらの事実及び弁論の全趣旨によれば、本件取引の実態は先物取引であると認めることができる。

そして、前記認定事実によれば、訴外会社の従業員は、家庭の主婦で、先物取引についての知識経験を有しない原告に対し、本件取引の実態が先物取引であるにもかかわらず、その取引の仕組を説明せず、金の現物の売買であるかの如く誤信させ、金を買えば必ずもうかるなどと甘言を用いて本件取引に誘い込み、さらに、相次いで新規の買取引を勧誘し、原告に冷静な判断を行う余裕も与えないまま、一気に取引規模を拡大させたものであり、かかる取引勧誘方法、取引実行の仕方等を総合すると、訴外会社の従業員の行った原告との前記取引は社会的に許容されない違法なものというべきであり、訴外会社は右従業員の使用者として、同人らがその業務の執行に関連してなした右違法行為について損害賠償の責任を負わねばならない。

三  次いで、被告の責任について検討する。

原本の存在及び成立に争いのない甲第二三、第二九号証、記録中の訴外会社、被告の各登記簿謄本及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  訴外会社は昭和五八年三月二三日に海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律に基づく通商産業省の立入検査を受け、同年四月八日、同省から三か月の業務停止処分を受けた。

2  そこで、訴外会社では役員会を開催して協議した結果、実質的には営業譲渡の趣旨で、新たな会社を設立して訴外会社の営業を継続させることに決定し、訴外会社は同年四月一一日、その全支店を廃止し、訴外会社と同様の営業目的のもとに、その関東地方以北における営業を引継ぐ会社として被告が、関西地方における営業を引継ぐ会社としてセントラル交易株式会社が、九州方面における営業を引継ぐ会社としてケイオー貿易株式会社が、それぞれそのころ設立され、右三社は訴外会社の従業員を雇用し、訴外会社の事務所等の物的設備を使用して、従前訴外会社が行っていたと同一の業務を行っていた。

右三社の資本金の半分は訴外会社の代表者のDが出資し、残りの大半は、訴外会社及び右Dが大株主となっている日本総合通産なる名称の会社が出資した。

3  被告は、訴外会社のもと銀座支店所在地に本店を置き、昭和五八年四月一一日に辞任するまでは訴外会社の取締役であったEが被告の代表取締役に就任した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告は訴外会社と人的、物的組織、事業内容をほとんど同じくする会社であって、その設立の経過等をも総合すると、右両者間には実質的同一性を認めることができ、したがって、被告は訴外会社と別人格であることを主張できず、その結果同社と同一の債務を負担するものというべきである。

四  前記一の事実によれば、原告は本件金取引の代金名下に合計金一二〇〇万円を訴外会社に交付したもので、これにより金一二〇〇万円の損害を被ったことは明らかであり、また、弁護士費用については、本件に顕われた諸事情に照らすと、訴外会社の前記違法行為と相当因果関係を有するものとして被告に請求し得る額は金一二〇万円とするのが相当である。

五  以上によれば、原告の請求は、金一三二〇万円及びうち弁護士費用を除いた金一二〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五八年八月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 辻川昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例